なぜ自分の撮影はダメだったのか

とあるきっかけで自分の撮影方法を見返し、ChatGPTと共に検証してみました。
その結果、残念ながらかなりダメだったことが判明しました。

あまりにも初歩的なミスなので、公表するのは正直かなり恥ずかしいのですが、
トップページに掲げている

緊縛・撮影の初心者ならではの気がついたこと、感じたこと、思ったことを残していきます。

のとおり、こういう失敗こそ残すべきだと思いました。

自分と同じような思い込みをしている方が、もしどこかにいるのなら。
まだ気づいていないだけで、同じミスをしている人の役に立てたら。

そんな気持ちもあって、公開します。

見直しのきっかけ

先日、「ダイナミックレンジ」に関する講習を受けました。

ダイナミックレンジの変更がどのように写真に反映されるのか、
同じ被写体をダイナミックレンジの設定を変更して3枚撮影。その変化をみるというものでした。
結果はかなり微妙ながら効果が出ており、写真撮影ってとても繊細な作業ということを理解しました。

そして、講習から帰ってきて考えました。

そもそも、ダイナミックレンジ以前に
自分の撮影方法は正しいのだろうか。

そう思って、過去の写真を見直しました。

結論は、残念ながらかなりダメでした。
そして、なぜダメなのかを検証してみましたが、ダイナミックレンジうんぬんという繊細な事象の前に、露出に対する考え方が甘かった。
暗部の情報を残すという意識が無かったのです。

僕の好みは「陰影」

まず、僕は陰影のある写真が好きです。
陰影により、

・立体感が出る。
・黒が締まる。
・そしてなにより妖艶さが出る。

そう思っていました。

オパや7インチリフレクターを使って硬めで狭い光を、サイド寄りから当ててコントラストを作るライティングを続けていましたが、
ベタな暗部を作っているだけで、暗部の情報を残せていなかったのです。

基本は知っていた

撮影時に意識していたのは、

  • ISOはなるべく低く
  • 白飛びに注意する
  • ライティングは45°、45°

という基本でした。
それぞれは正しい。問題はそれを絶対視していたことでした。

  • 高感度は悪者ではない。800でも1600でも全く問題がない。
    適正な露出ができていなかったことが問題だった。
  • 白飛びするとその部分にはデータが残っていない、しかし暗部はデータが残っているので持ち上げることができる。と考えていましたが、暗部に残ったデータもノイズが含まれているので、持ち上げることでデータといっしょにノイズも増幅される。
    暗部のデータに対する過信があった。
  • ライティングは45°,45° ポートレートの基本的なライティングですが、これにとらわれず縄の陰影や服の襞、黒地に黒の刺繍などを浮き上がらせる角度、位置を探るべきだった。

初期の頃、プロのフォトグラファーさんと一緒に緊縛写真撮影をした時に、そのフォトグラファーさんが、「緊縛写真はポートレートより物撮りに近い」と言われました。

全体ばかり見て、縄の質感や服のディテール、黒地に黒の刺繍をどう浮かび上がらせるかという発想が抜けていました。

今になって、その言葉の意味がやっと分かります。

さらに、もうひとつ、おそらく一番大きな基本を理解していませんでした。

【現場で可能な限り完成させる】

ということです。

なぜ現場で完成できなかったのか

理由はシンプルでした。

  • 露出を軽く考えていた
  • 撮影した写真を細部まで見ていなかった
  • 被写体に黒いベタ面ができることで陰影を作れたと勘違いしていた

RAWで撮っているから、Lightroomで調整すればいい。そう思ってしまっていました。

補正後の写真
補正後

この写真、それなりにいいなと思って公開したものです。

この写真のオリジナルはこちらです。

補正前

暗部が完全に沈んでいて、編集前提の露出。
見る人がみれば、「あ~、やっちまってんな」と思うパターンです。

ストロボが当たっている部分は強烈に明るく、暗部は徹底的に暗い。
アクセサリの特性上、それは当然です。

問題は、

帰宅後に写真を見て
「この暗部を使いたい」と思い、
Lrで暗部を持ち上げたことです。

その場で拡大確認していれば、
暗部にストロボを足して活かすことができたはずです。

無意識の習慣

考えてみたら、最初に陰影のある撮影をした時に、暗い部分をLightroomで持ち上げていました。

暗く撮る。
後でシャドウを持ち上げる。

これが無意識に習慣化していました。

陰影を作ったつもりになっていたのです。

ストロボを使わない撮影でも同じでした。

なるべくISOを下げようと、
多少暗くてもよしとし、
あとでLrで明るくする。

「露出が命」という言葉は何度も見てきました。

でも実践できていませんでした。

それではどうするか

ストロボ

・背景にも光を回すのか、被写体だけでいいのか、どこまで光を回すかを決める
・フィルでベースを作る
・キーで陰影を作る
キー以外の露出を調整してからキーを足し、更に調整する、やったことは無いのですが日中シンクロと同じでしょうね。

定常光

屋内の照明だけだとどうしても暗くなってしまいます。
ここで、ISOをケチって暗くなるのを良しとせず、適正な露出になるまでISOを上げ、
暗部の情報をしっかりと残し、露光不足を持ち上げずに済むようにする。
ノイズを恐れてISOを下げても、露光不足で暗部を上げるなら、そちらの方がノイズが出ることが多く本末転倒だった。

“作品”にするために

自分の撮った写真を「作品」と呼ぶことができません。

作品というのは、
明確なコンセプトを立て、スタジオで計算し尽くして撮られたもの。
どこかでそう考えていました。

それに対し、自分の撮影は、

  • 何色の壁か、どんな部屋か当日になるまでわからない
  • どんな衣装、どんな縛りにするかもモデルさんと決めている

と、当日決めることがほとんどです。

そしてもうひとつ。
作品というのは、プロのフォトグラファーが手掛けるものだという思いがありました。

コメントなどで、「いい作品ですね」と言われるたびに、嬉しい反面、どこか面映ゆく、素人である自分の写真を「作品」と呼ばれるのは恐れ多い気がしていました。

でも、今は違うと思っています。

どんな部屋かわからないホテルでの撮影でも、縛りやポーズをその場で決めたとしても、

「どう撮るか」を自分の中で明確に決め、
狙った通りに光を作り、
想像した通りに写せるようになったとき、

素人の自分が写真撮った写真であっても、他の方からの評価がどうであっても、「作品」と呼んでいいんじゃないかなと思うようになりました。

撮影に協力してくれているモデルさんに報いるためにも、「作品」と呼べる写真を自分の手で撮れるようになりたいです。

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